イオン注入とは? 半導体に不純物を打ち込むしくみと装置
イオン注入は、ホウ素やリンなどの不純物の原子を、電気を帯びた粒(イオン)にして加速し、シリコンに打ち込む工程です。打ち込む数は電流で数え、深さは加速の強さで決めるので、「どこに・どれだけ・どの深さに」を正確に決められます。打ち込んだあとは、熱を加えて結晶の傷を直します。
この記事でわかること
- シリコンに不純物を入れる理由(ひとことで)
- イオン注入装置の中で起きる4つの段階
- 入れる量(ドーズ量)と深さの決まり方
- レジストで、入れる場所を決めるしくみ
- 結晶の傷とアニール、深く入りすぎる「チャネリング」
- 熱拡散から置き換わった理由と、装置の種類・主なメーカー
前提知識: n型・p型のおおまかな意味(「半導体とは?」)と、チップがウエハの上で「膜をつける・模様を写す・削る」をくり返して作られること(「半導体チップはどうやって作られる?」)。
身近なところでは
高性能なスマホのチップには、トランジスタという小さなスイッチが100億個以上入っています(「トランジスタとは?」)。どのトランジスタにも、電気の運ばれ方が違う小さな区域が、決まった形で並んでいます。
この区域は、シリコンのごく一部に、ほかの元素をほんの少しだけ混ぜて作ります。混ぜる量は、例えばシリコンの原子500万個に1個といった、ごくわずかな割合です(「半導体とは?」の例)。この「ほんの少しを、狙った場所に」入れる作業の中心が、イオン注入です。
工場では、1枚のウエハ(チップを作るシリコンの円板)に、入れる元素や場所を変えて、イオン注入を何回も行います。チップ作りの工程の中では、「膜をつける・模様を写す・削る」と並ぶ、基本の作業の1つです。
なぜ不純物を入れるの?
純粋なシリコンは、電気をあまり通しません。リンやヒ素を少し混ぜると、動ける電子が増えて「n型」になります。ホウ素を混ぜると、電子の抜けた穴(正孔)が電気を運ぶ「p型」になります。n型とp型の境目は、ダイオードやトランジスタが働くための要です。しくみは「半導体とは?」で説明しています(表で見るなら「n型とp型の違い」)。
トランジスタを狙いどおりに働かせるには、不純物の入れ方を正確に決める必要があります。決めるのは「どの場所に・どれだけの数を・どの深さに」の3つです。イオン注入は、この3つを別々に決められる方法です。
しくみ1: 装置の中で起きる4つのこと
原子は、ふつうは電気を帯びていません。原子から電子を1個はがすと、プラスの電気を帯びた粒になります。これをイオンと呼びます。電気を帯びているので、電圧や磁石の力で、押したり曲げたりできます。装置の中では、イオンが次の4つの段階を通ります。ここでは、よくある順番で説明します。
① 装置の入り口では、不純物を含むガスに電子をぶつけて、イオンを作ります。この部分をイオン源と呼びます。例えばホウ素なら、三フッ化ホウ素(BF3)というガスが使われます。できたイオンは、電圧をかけて装置の中へ引き出します。
② ガスからできるイオンは、1種類ではありません。三フッ化ホウ素からは、ホウ素だけのイオンのほか、フッ素がついたままのイオンもできます。そこで、イオンの通り道を磁石で曲げます。同じ電圧で引き出した、電気の量が同じイオンなら、重いものほど曲がりにくくなります。狙った重さのイオンだけが、出口のすき間を通り抜けます。この選別を、質量分析と呼びます。
③ 選んだイオンを、さらに電圧で加速して、狙いの勢いにそろえます。イオンが得る勢い(エネルギー)は、かけた電圧とイオンの電気の量で決まります。単位にはkeV(キロ電子ボルト)を使います。電子1個分の電気をもつイオンを1万ボルトで加速すると、10 keVです。なお、装置によっては選別の前に加速するなど、順番が違います。
④ イオンの流れ(ビーム)は、ウエハ全体を一度に覆えるほど太くありません。そこで、ビームを左右に振ったり、ウエハを動かしたりして、全面にむらなく当てます。途中でイオンが空気の分子にぶつからないよう、通り道は空気を抜いた真空に保ちます。
しくみ2: 入れる量と深さは、別々に決められる
1 cm²あたりに打ち込むイオンの数を、ドーズ量と呼びます。使われる量は、1 cm²あたり1000億個(10¹¹)から1京個(10¹⁶)ほどです(スタンフォード大学の講義資料)。少ないときと多いときで、10万倍もの幅があります。
数は、ウエハに届いたイオンの電流で数えます。電流は、1秒に流れる電気の量です。イオン1個の電気の量で割れば、届いた数がわかります。例えば1 mA(ミリアンペア。1000分の1アンペア)は、電子1個分の電気をもつイオンが、1秒に約6×10¹⁵個届く量です。この電流を受けて測る部品を、ファラデーカップと呼びます。
深さを決めるのは、加速の勢いです。イオンは、シリコンの原子にぶつかるたびに勢いを失い、やがて止まります。速く飛び込んだイオンほど、止まるまでに深く進みます。同じ勢いなら、軽いイオンほど深く入ります。例えば100 keVのホウ素は、平均して約0.3 µm(0.0003 mm)で止まります(香港城市大学の講義資料)。
イオン1個1個は、でたらめにぶつかりながら止まるので、止まる深さは少しずつ違います。全体では、表面より少し奥に、濃さの山ができます。止まる深さの平均を、投影飛程と呼びます。
しくみ3: 入れる場所は、レジストの型で決まる
模様を写すときに使う、光で性質が変わる薬剤の膜を、フォトレジスト(略してレジスト)と呼びます。イオン注入では、このレジストを「入れない場所のふた」として使います。模様の写し方は「EUV露光とは?」で説明しています。
レジストに当たったイオンは、レジストの中で止まり、下のシリコンには届きません。むき出しの所にだけイオンが入るので、模様どおりの場所に不純物の区域ができます。終わったら、レジストは取り除きます。
レジストをふたに使えるのは、注入を室温に近い温度で行えるからです(UCバークレーの講義資料)。レジストは熱に弱いので、高温で不純物をしみ込ませる方法では、ふたにできません。
チップの多くは、正反対の性質をもつ2種類のトランジスタを、隣り合わせに並べて作ります(「CMOSとは?」)。そのため、n型にしたい所とp型にしたい所で、別々の型を使って注入をくり返します。
しくみ4: 打ち込むと、結晶が傷つく
シリコンの原子は、結晶の中で規則正しく並んでいます。飛び込んだイオンは、止まるまでに多くの原子をはじき飛ばし、並びを乱します。量が多いと、表面近くの並びがすっかり崩れることもあります(スタンフォード大学の講義資料)。
しかも、止まったばかりの不純物の多くは、結晶の決まった位置に収まっていません。そのままでは、n型やp型の性質をほとんど生みません。
そこで注入のあと、ウエハを高温に熱して、並びを直し、不純物を結晶の位置に収めます。この熱処理をアニールと呼びます。ただ、熱すると不純物が広がるので、ごく短い時間だけ熱する工夫が進みました。そのしくみは「拡散とは?」で、方法の違いは「炉アニール・RTA・レーザーアニールの違い」で説明しています。
まっすぐな「すき間」を抜けてしまう: チャネリング
結晶の原子は規則正しく並んでいるので、決まった向きから見ると、原子の列の間にまっすぐなすき間が通っています。イオンがこのすき間に沿って入ると、原子にあまりぶつからず、予想よりずっと深くまで進みます。この現象をチャネリングと呼びます。
深さがばらつくと、狙いの形になりません。そこで、ウエハを7°ほど傾けて、すき間の向きから外して打つのが一般的です(香港城市大学の講義資料)。傾けても完全には防げないため、先に表面の並びをわざと崩す方法もあります(プリアモルファス化注入(PAI))。
なぜ熱拡散から置き換わったのか
イオン注入が広まる前は、不純物を含むガスの中でシリコンを高温に熱し、表面からしみ込ませる方法が中心でした。これを熱拡散と呼びます。日本半導体歴史館の資料によると、1970年代から、この方法の多くがイオン注入に置き換わりました。
大きな理由は、量と深さを正確に、いつも同じように決められることです。量は電流で数え、深さは加速の電圧で決まります。UCバークレーの講義資料は、狙った量からのずれの目安を示しています。注入では数%、高温で表面から入れる方法では20〜30%です。レジストをふたにできることも、利点の1つです。
ただし、熱拡散がなくなったわけではありません。深い区域を作る工程や、太陽電池などでは今も使われます。2つの方法は「熱拡散とイオン注入の違い」の表で比べられます。
装置の3つの種類
装置は、得意とする量と勢いによって、大きく3つに分けられます。例えばアクセリスは、年次報告書で、3種類の装置をそろえていると説明しています。
- 高電流(大電流)の装置: 強い電流で、多くのイオンを短い時間に打ち込みます。トランジスタの電流の出入り口(ソースとドレイン)のように、量の多い注入に使います。
- 中電流の装置: 少なめから中くらいの量を、正確に打ち込みます。トランジスタがオンになり始める電圧(しきい値電圧)の調整などに使います。
- 高エネルギーの装置: 数百keVから、MeV(メガ電子ボルト。1 MeVは1000 keV)の単位までの勢いで、深い所に打ち込みます。トランジスタの土台になる深い区域や、カメラのセンサ(「イメージセンサとは?」)に使います。
どの種類も、しくみ1の4つの段階は同じです。違うのは、作れる電流の強さと、加速の強さです。
主なメーカー
イオン注入装置の主なメーカーには、次の4社があります。ここに書くのは、各社が自社の発表やサイトで説明している内容です(2026年10月時点)。
- アプライド・マテリアルズ(米国): 2011年11月に、イオン注入装置のメーカーだったバリアン・セミコンダクターの買収を終えました。中電流の装置「VIISta 900XP」などを出しています。
- アクセリス・テクノロジーズ(米国): 事業の始まりは1978年で、2000年にイートンから独立した会社です。高電流・中電流・高エネルギーの装置を、共通の土台「Purion」でそろえています。2022年には、最大15 MeVの装置がイメージセンサの量産向けに認められたと発表しました。
- 住友重機械マテリアルソリューションズ(日本): 2026年1月に、住友重機械イオンテクノロジーから社名を変えました。2025年1月にレーザーアニール装置の事業を統合し、イオン注入装置とあわせて手がけています。
- 日新イオン機器(日本): 1999年に、日新電機のグループの中で、イオン注入装置の会社として設けられました。中電流の装置や、パワー半導体向けの装置を出しています。
製造装置の全体の地図は「半導体製造装置とは?」にまとめています。
原料のガスと安全
リンやヒ素の原料に使われるホスフィンやアルシンは、毒性がとても強い気体です。米国の疾病対策センターの資料では、アルシンのにおいに気づく濃さは、働く人に許される濃さの約10倍です。つまり、においに気づいたときには、もう危険な濃さです。そのため工場では、厳しく管理された設備の中で扱われています。
よくある誤解
誤解: 打ち込んだ時点で、n型やp型の区域ができあがる
実際は、打ち込んだ直後の不純物の多くは結晶の決まった位置になく、結晶も傷ついています。アニールで並びを直し、不純物を結晶の位置に収めて、初めてn型やp型として働きます。「打ち込む」という言葉から、入れれば終わりと考えやすいため生まれる誤解です。
誤解: 勢い(エネルギー)を上げると、入る不純物の量も増える
実際は、量はドーズ量(電流と時間)で、深さはエネルギーで決まり、2つは別々のつまみです。同じ量のまま勢いを上げると、濃さの山が奥へ移り、低く広くなります。量と深さが両方「強さ」に聞こえることから生まれやすい誤解です。
誤解: 不純物は表面に積もり、表面がいちばん濃くなる
実際は、イオンはシリコンの中にもぐり込み、表面より少し奥に濃さの山ができます。表面からしみ込ませる熱拡散では表面がいちばん濃くなるので、そのイメージと混ざりやすい点です。山の位置を勢いで動かせることが、イオン注入の強みです。
数字で見る
| 数字 | 何の数字か |
|---|---|
| 10¹¹〜10¹⁶個 | 1 cm²あたりに打ち込むイオンの数の範囲(スタンフォード大学の講義資料) |
| 約6×10¹⁵個 | 1 mAの電流で1秒に届く、電子1個分の電気をもつイオンの数(計算) |
| 約0.3 µm | 100 keVのホウ素が止まる平均の深さ(香港城市大学の講義資料) |
| 約7° | チャネリングを避けるために、ウエハを傾ける角度の例(同) |
| 数%と20〜30% | 狙った量からのずれの目安。前がイオン注入、後が高温で表面から入れる方法(UCバークレーの講義資料) |
| 最大15 MeV | アクセリスの高エネルギー装置が出せるとする勢い(同社の発表、2022年) |
例として、直径300 mmのウエハの全面に、1 cm²あたり10¹⁵個のホウ素を入れる場合を計算します。ウエハの面積は約707 cm²なので、イオンは約7×10¹⁷個です。重さにすると約13 µg(1グラムの約8万分の1)にすぎません。
1 mAのビームなら、約2分で打ち終わる計算です。ここでは話を簡単にするため、ビームがいつもウエハに当たっているとしています。数としては大きく見えても、量は目に見えないほどわずかで、それを数%の精度で数えているのです。
もっと詳しく学ぶ
- シリーズの記事: 「半導体チップはどうやって作られる?」(工程の全体)、「エッチングとは?」(同じレジストの型を使って削る工程)、「シリコンウエハとは?」
- 関連する解説: 「拡散とは?」(アニールで不純物が広がるしくみ)、「半導体とは?」、「CMOSとは?」
- 違いを表で見る: 「熱拡散とイオン注入の違い」、「EDXとSIMSの違い」(打ち込んだ不純物の深さの分布を測る方法)
- 数字で試す: 抵抗率と不純物濃度の換算ツール(不純物の濃さで、電気の通しやすさがどれだけ変わるか)
- 用語で深める(工程): イオン注入 / ハロー注入(ポケット注入) / レトログレードウェル / プラズマドーピング
- 用語で深める(熱処理と測定): 過渡増速拡散(TED) / SIMS(二次イオン質量分析法)