トンネル効果とは? 薄い壁を電子がすり抜けるしくみ

約13分 · 更新: 2026年10月23日

トンネル効果は、越えるだけのエネルギーが足りない薄い「壁」を、電子がある確率ですり抜ける現象です。電子が波の性質をもつために起こり、すり抜ける確率は壁が薄いほど、桁違いに大きくなります。チップの中では、薄い絶縁膜を通る漏れ電流の原因になる一方、フラッシュメモリの書き込みと消去にも使われています。

この記事でわかること

  • 越えられないはずの壁を、電子がすり抜けられる理由
  • すり抜ける確率が、壁の厚さ・高さ・粒の重さでどう決まるか
  • 絶縁膜を0.3 nm薄くすると、漏れがどれだけ増えるかの見積もり
  • High-kと呼ばれる膜が使われるようになった理由
  • フラッシュメモリの書き込みのしくみと、トンネル効果を主役にした素子

前提知識: 「トランジスタとは?」で説明している、ゲートと薄い絶縁膜のおおまかな形。式は、言葉で説明してから示します。

身近なところでは

スマホで撮った写真は、フラッシュメモリに保存されます。写真を書き込むたびに、チップの中では、電子が電気を通さない膜をすり抜けています。電源を切っても写真が消えないのは、ふだんはその膜を電子がほとんど通れないからです。

同じ現象は、困りごとにもなります。計算をするチップ(CPUなど)では、トランジスタの薄い絶縁膜を電子がすり抜けて、電流が漏れます。2007年にインテルが、この膜の材料を40年以上使われてきたものから変えたのは、この漏れを減らすためでした。

どちらも、トンネル効果という量子力学の現象です。この記事では、電子が壁をすり抜けるしくみと、それがチップのどこで効いているかを順に見ていきます。

しくみ1: 電子にとっての「壁」

トランジスタのゲートの下には、電気を通さない薄い膜があります。長いあいだ、この膜にはシリコンを酸化させた二酸化ケイ素(SiO₂)が使われてきました。シリコンの中の電子から見ると、この膜は高さのある「エネルギーの壁」です。

壁の高さは、電子が膜の中に入るのに足りないエネルギーの量で表します。単位のeV(電子ボルト)は、電子1個が1 Vの電圧で押されて得るエネルギーです。シリコンと二酸化ケイ素の境目では、壁の高さは約3.1 eVです。

室温で、熱が電子に与えるエネルギーの目安は約0.026 eVです。壁はその100倍以上の高さがあります。熱で壁を乗り越えられる電子の割合を計算すると、10の50乗分の1より小さく、事実上ゼロです。

それでも膜が薄いと、実際に電流が流れます。電子は壁を乗り越えるのではなく、壁を通り抜けているのです。山を越えずに、トンネルで向こうへ出るような現れ方をするので、トンネル効果と呼ばれます。

しくみ2: 電子は波としてふるまう

電子は小さな粒ですが、波の性質ももっています。電子を結晶に当てると、光や音と同じように、波どうしが強め合ったり弱め合ったりした模様ができます。この発見には、1937年のノーベル物理学賞が贈られました。

ここでは話を簡単にするため、電子の波を「その場所で電子が見つかる確からしさを表す波」と考えます。波が大きいところほど、電子が見つかる確率が高い、という意味です。正確には、波の大きさの2乗が確率の目安になります。

この波が、エネルギーの足りない壁にぶつかると、壁の表面でぴたりと止まりません。壁の中に少ししみ込み、しみ込んだ部分は、振動せずに奥へ行くほど弱まります。同じ割合を何度も掛けて小さくなる、指数関数的な弱まり方です。

壁が厚ければ、波は途中で消えたも同然です。しかし壁が薄いと、反対側に出たところにも少しだけ波が残ります。残った波は、壁の向こうでまた振動する波として進みます。これが「ある確率で電子が壁の向こうに現れる」ということの意味で、残りの大部分は跳ね返されます。

電子の波が薄い壁にぶつかると、壁の中で急に弱まり、向こう側に小さな波が残る 壁(絶縁膜) やってくる波 弱まる 残った波 進む向き
電子の波(線)が左から壁にぶつかったところ。壁の中では波が振動せずに急に弱まり、壁が薄いと、向こう側に小さな波が残る。残った波の大きさの2乗が、通り抜ける確率の目安。省略していること: 跳ね返る波(壁の左では、やってくる波と重なる)。波の長さ・大きさと壁の厚さの比は説明のためのもの。

この考え方は、1920年代にできた量子力学から来ています。1928年には、強い電界をかけた金属から電子が飛び出す現象が、この考え方で説明されました。説明したファウラーとノルドハイムの名前は、後のフラッシュメモリの話で出てきます。

しくみ3: すり抜ける確率を決める3つのもの

壁の中で波が弱まる速さは、足りないエネルギー(壁の高さ)と、粒の重さで決まります。どちらも大きいほど、速く弱まります。くわしくは、「足りないエネルギー × 重さ」の平方根に比例した速さで弱まります。

すり抜ける確率は、おおまかには次の形で書けます。ħ(エイチバー)は、量子力学に出てくるとても小さな定数です。exp(−3)は「約2.7分の1を3回掛けた値」という意味で、カッコの中が掛ける回数です。

すり抜ける確率 ≈ exp(−2 × 厚さ × √(2 × 重さ × 足りないエネルギー) ÷ ħ)

掛ける回数は、厚さに比例します。そのため厚さが少し変わるだけで、確率は何倍、何十倍と変わります。高さと重さは平方根の中にあるので、4倍にしても回数は2倍です。それでも回数が増えれば確率は桁で減るので、効き目は大きいのです。この式は、四角い形の壁で、すり抜ける確率が小さいときの目安で、細かい係数は省いています。

数字で見る: 絶縁膜を0.3 nm薄くすると

しくみ3の式を使って、二酸化ケイ素の膜を電子がすり抜ける確率を見積もってみます。壁の高さは約3.1 eVとします。膜の中の電子は、ふつうの電子より軽いかのようにふるまいます。この見かけの重さを有効質量と呼び、測定に合う値として、ふつうの電子の0.4〜0.5倍がよく使われます。

  1. すり抜ける確率は、厚さが0.1 nm増えるごとに約3〜4分の1になる
  2. 0.2 nm薄くすると、確率は約10〜13倍になる
  3. 0.3 nm薄くして、1.5 nmを1.2 nmにすると、確率は約30〜50倍になる

0.3 nmは、膜をつくる原子の層の、およそ1枚分です。原子1層ぶん薄くするだけで、漏れが数十倍になる計算です。厚さ1.2 nmの膜では、電子が1回ぶつかってすり抜ける確率は、数百万分の1ほどです。小さく見えますが、膜には膨大な数の電子が絶えずぶつかるので、無視できない電流になります。

二酸化ケイ素の膜が0.2 nm薄くなるごとに、通り抜ける確率は約10倍になる(見積もり) 通り抜けやすさ(1目盛り10倍) 1 2.0 約13倍 1.8 約160倍 1.6 約2100倍 1.4 約2.7万倍 1.2 膜の厚さ(nm)→ 薄い
二酸化ケイ素の膜を電子が通り抜ける確率を、厚さ2.0 nmのときを1として比べた見積もり。縦軸は1目盛りで10倍。壁の高さ3.1 eV、膜の中の電子の重さをふつうの電子の0.5倍として計算した。省略していること: かける電圧や膜の質による違い(実際の漏れ電流は、これに電子がぶつかる数などを掛けたもの)。

これは、電圧が低く、壁が四角いままの場合の、確率の部分だけを見たおおまかな見積もりです。実際の漏れ電流は、かける電圧や膜の質、壁にぶつかる電子の数でも変わります。それでも、漏れが厚さに対して指数関数的に変わることは、測定で確かめられています(IBMの1997年の研究など)。

効くところ1: ゲートの絶縁膜とHigh-k

トランジスタを小さくするときは、ゲートの絶縁膜も薄くしてきました。膜が薄いほど、ゲートの電圧が下の電子を強く引き寄せ、小さなトランジスタでもオンとオフをしっかり切り替えられるからです。インテルが2002年に発表した90 nm世代では、膜の厚さは1.2 nm、原子5層分ほどでした。次の65 nm世代(2004年発表)でも、厚さは1.2 nmのままでした。

ここで薄くするのをやめたのは、数字で見たとおり、さらに薄くすると漏れが急に増えるからです。漏れた電流は、使っていないときにも電力をむだにし、チップを熱くします。

そこで考えられたのが、材料を変えることです。ゲートが電子を引き寄せる力は、膜の厚さだけでなく、膜が電気をためる性質の強さ(誘電率)でも決まります。誘電率の高い材料をHigh-k材料と呼びます。ハフニウムを含む酸化物は、二酸化ケイ素の5倍以上の誘電率をもちます。

誘電率が5倍なら、同じ引き寄せる力を、約5倍の厚さの膜で得られます(下に敷く薄い層は省いています)。High-k材料の多くは、電子にとっての壁が二酸化ケイ素より低めです。それでも、厚さを何倍にもできる効果のほうがずっと大きく効きます。しくみ3の式で、厚さはそのまま効き、高さは平方根を通してしか効かないからです。

インテルは2007年1月、45 nm世代でハフニウム系のHigh-k膜と金属のゲートを使うと発表しました。製品は同じ年の11月に出ています。発表によると、漏れは二酸化ケイ素の10分の1未満です。2020年代の先端のトランジスタでも、この組み合わせが使われています。

効くところ2: フラッシュメモリの書き込みと消去

フラッシュメモリのセルは、絶縁膜で囲んだ小さな「部屋」に電子を閉じ込めて、0と1を記憶します。くわしくは「メモリとストレージの違いは?」で説明しています。電子の通り道(チャネル)と部屋のあいだの膜を、トンネル酸化膜と呼びます。

この膜は、電源なしで何年も電子を閉じ込めるため、ゲートの絶縁膜よりずっと厚く作ります。ここでは例として厚さ8 nmとします。電圧をかけなければ、しくみ3の式で、すり抜ける確率は10の−40乗より小さくなります。理想的な膜なら、電子はまず逃げません。

大容量のNAND型フラッシュメモリでは、書き込むときに、上のゲートに20 V前後の高い電圧をかけます(値は製品で違います)。すると膜の中に強い電界(電圧の傾き)ができ、壁が斜めに傾きます。電子と同じ高さより上にある壁の部分は、入り口の近くの約3 nmだけになります。電界を例として1 nmあたり約1 V(10 MV/cm)とした場合の値です。

フラッシュメモリの書き込み: 強い電圧で壁が傾き、電子がすり抜ける距離が膜の厚さより短くなる 電圧をかけないとき 高さ約3.1 eV トンネル酸化膜 チャネル 部屋 8 nm(膜の厚さ全部) ゲートに高い電圧をかけたとき チャネル 部屋へ 約3 nm
電子(丸)と、電子にとっての壁(太い線)のエネルギーを、上下の位置で表した図。下の図では強い電圧で壁が傾き、電子と同じ高さより上にある部分の幅(約3 nm)だけを通り抜ければよくなる。抜けた先では、電子は膜の中を部屋まで進む。膜の厚さ8 nm、電界1 nmあたり約1 V(10 MV/cm)は、説明のための例の値。省略していること: 部屋の側の高さ(電圧で大きく下がる)、電子の位置による細かい違い。

このように、傾いた壁の一部だけをすり抜けて流れる電流を、FNトンネル電流と呼びます。ゲートの絶縁膜の漏れのように、四角い壁の厚さ全部をすり抜けるもの(直接トンネル)とは区別します。FNトンネルは、すり抜ける距離が電界で決まるので、電界にとても敏感です。同じ前提で見積もると、電界を2割弱めるだけで、すり抜ける確率は数百分の1に下がります。消すときは、電圧の向きを逆にして、部屋の電子を減らします。

読み出しのときにかける電圧は、書き込みよりずっと低いので、電子はほとんど動きません。ただし、強い電界で電子が膜を通るたびに、膜は少しずつ傷みます。書き換えられる回数に限りがあるのは、このためです。

効くところ3: 小さくしすぎたトランジスタ

オフのトランジスタでは、電子の出入り口であるソースとドレインのあいだに、エネルギーの壁があります。いまのトランジスタでは、この壁を熱で乗り越える電子が、漏れ電流の主な原因の一つです。ところが壁の幅(おおよそゲートの長さ)が数nmまで短くなると、電子が壁をすり抜け始めます。こうなると、ゲートでオフにしようとしても電流を止めにくくなります。

2019年のあるシミュレーションは、ゲートで四方を囲んだシリコンのトランジスタを調べました。ゲートの長さが3 nmだと、電流の大部分がすり抜けによるものでした。6 nmでは影響はわずかでした。形や材料で変わる、計算の一例です。IBMが2021年に発表した「2nm」の試作でも、ゲートの長さは12 nmありました。

一方、別の形のトンネル効果は、いまのチップでもすでに漏れの原因です。ゲートとドレインが重なる部分の強い電界で起こるGIDLがその例で、DRAMのデータの保持などで問題になります。

効くところ4: トンネル効果を主役にした素子

エサキダイオード

1957年、江崎玲於奈は東京通信工業(いまのソニー)で、2種類の半導体をつないだ部分(PN接合)を調べていました。ゲルマニウムに不純物をとても多く入れた接合です。境目の壁がとても薄くなり、電子がすり抜けて流れることを見つけ、1958年に論文にしました。ある範囲では、電圧を上げると電流が減るという、ふつうと逆のふるまいを示します。このエサキダイオードにつながる発見で、1973年のノーベル物理学賞を、ジエーヴァー、ジョセフソンとともに受けました。

トンネルFET(TFET)

ふつうのトランジスタは、熱で壁を越える電子を使います。そのため室温では、電流を10倍にするのに、ゲートの電圧が少なくとも約60 mV要ります。理由は「フェルミ分布とボルツマン分布とは?」で説明しています。トンネルFETは、エサキダイオードと同じような接合の境目でのすり抜け(バンド間トンネル)を、ゲートで開け閉めします。熱で壁を越えるのではないので、原理的にはこの限界に縛られません。ただ、流せる電流が小さいことが大きな課題で、2020年代も研究の段階です。

走査型トンネル顕微鏡(STM)

1981年、IBMのチューリッヒ研究所のビーニッヒとローラーが、新しい顕微鏡を動かしました。細い針と試料のすき間を流れるトンネル電流で、表面を見るものです。すき間が0.1 nm変わると電流は10倍近く変わるので、原子1個分の凹凸がわかります。2人は1986年のノーベル物理学賞を受けました。磁気で記憶するMRAMの記憶素子も、厚さ約1 nmの壁を通るトンネル電流を使っています。

よくある誤解

誤解: 電子は、一時的にエネルギーを借りて壁を越える

実際は、ふつうのトンネル効果の計算では、電子のエネルギーは壁の前と後で同じ値のままです。壁の上を乗り越えるのではなく、壁の中で弱まった波が向こうに残る、というしくみです。「借りる」という説明は、日常の感覚に合わせた語り方で、確率を計算する手順には出てきません。

誤解: トンネルの中では、電子は光より速く進む

実際は、トンネル効果を使っても、光より速く信号や情報を送ることはできません。計算や実験で、壁を通った波の山が光より早く出てくるように見える場合はあります。しかし波の山の位置は、信号の届く速さではありません。電子が壁の中で過ごす時間をどう決めるかは、いまも議論が続いています。

誤解: トンネル効果は、特殊な素子だけの話

実際は、ふつうのチップのあちこちで起きています。ゲートの絶縁膜やGIDLの漏れ電流、スマホやSSDのNAND型フラッシュメモリの書き込みと消去がその例です。金属の配線を半導体に低い抵抗でつなぐオーミック接触も、不純物を多く入れて壁を薄くし、トンネル効果で電流を通しています。「量子」という言葉の響きから、遠い世界の話だと思われがちです。

もっと詳しく学ぶ

次に読む

シリーズ「技術につながる基礎(物理・化学・数学)」の記事

  1. アレニウスの式とは? 温度で反応や故障が何倍速くなるか
  2. 行列の積は何回の計算? AIチップの演算量と演算強度
  3. フェルミ分布とボルツマン分布とは? 半導体の電子の数え方
  4. トンネル効果とは? 薄い壁を電子がすり抜けるしくみ
  5. 拡散とは? 不純物が広がるしくみと√(Dt)の意味
  6. CRCとは? 0と1の割り算で通信の誤りを見つけるしくみ
  7. 時定数RCとは? 配線の遅れとクロックの速さを決めるしくみ
  8. デシベル(dB)とは? 掛け算を足し算に変える単位のしくみ
  9. コンデンサとは? 電気をためるしくみと使い道
  10. 交流と直流の違いとは? インピーダンスをやさしく
  11. オペアンプとは? 小さな信号を正確に増やすしくみ
  12. 抵抗(抵抗器)とは? オームの法則と電圧・電流をやさしく

この分野の問題: 半導体物性

参考にした資料

やさしい解説の一覧へ