アレニウスの式とは? 温度で反応や故障が何倍速くなるか

約13分 · 更新: 2026年10月23日

アレニウスの式は、化学反応や部品の劣化が、温度によって何倍速くなるかを表す式です。反応に必要な「エネルギーの壁」を越えられる原子や分子の割合が、温度とともに急に増えるため、速さは温度に対して指数関数的に変わります。半導体では、酸化膜の育ち方や不純物の広がり方、そしてチップを高温で試験して寿命を見積もる計算に使われます。

この記事でわかること

  • 温度が少し上がるだけで、反応がずっと速くなる理由
  • アレニウスの式の意味と、活性化エネルギーの読み方
  • 高温の試験が実際の何年分にあたるかの計算(加速係数)
  • 半導体の工程と信頼性試験で、この式が出てくる場所
  • この式が使えない場面

前提知識: 指数(10倍、100倍と桁で増えること)と、対数のおおまかな意味。式は、言葉で説明してから示します。

身近なところでは

食べ物を冷蔵庫に入れると長持ちします。傷む原因になる化学反応や微生物の働きが、温度が低いほどゆっくりになるからです。逆に夏の暑い日には、同じ食べ物がずっと早く傷みます。

半導体のチップも、時間がたつと少しずつ劣化します。ただし、ふつうの使い方で壊れるまでには何年もかかります。そこでメーカーは、チップを125 ℃ほどの高温で動かし続け、劣化をわざと速めて調べます。高温での1000時間が、ふだんの温度での何年分にあたるかを計算するときに使うのが、アレニウスの式です。

チップを作る工場でも、温度は大事な「つまみ」です。シリコンの表面に膜を育てたり、混ぜた原子を広げたりする工程は、1000 ℃前後の炉で行います。温度が少し変わるだけで、仕上がりの厚さや深さが大きく変わります。

しくみ1: 速さを決めるのは「壁を越えられる粒」の数

物の中の原子や分子は、いつも細かく揺れたり、飛び回ったりしています。温度は、この揺れの激しさの目安です。ただし全部の粒が同じ勢いで動いているわけではなく、ゆっくりな粒も、とても勢いのある粒もいます。

反応が起きたり、原子が隣の場所へ移ったりするには、途中で一度、エネルギーの高い状態を通る必要があります。山を越えないと隣の谷に行けない、という状況です。この山の高さを活性化エネルギー(Ea)と呼びます。山を越えられるのは、たまたま大きなエネルギーをもった、ごく一部の粒だけです。

山の高さは、eV(電子ボルト)という単位で表すことが多いです。1 eVは、電子1個が1ボルトの電圧で押されて得るエネルギーです。半導体の劣化や反応では、山の高さは0.数 eVから数 eVほどです。

温度は、ふだんの℃ではなく絶対温度で考えます。絶対温度は、℃の値に273.15を足したもので、単位はK(ケルビン)です。粒の揺れが最も小さくなる温度を0 Kとした目盛りなので、揺れの激しさにおおよそ比例します。

熱による揺れの大きさの目安は、絶対温度Tに定数kを掛けた「kT」で表します。kはボルツマン定数(約8.617×10⁻⁵ eV/K)で、温度をエネルギーに換算する係数です。25 ℃(298 K)では、kTは約0.026 eVです。

大事なのは、山の高さがkTの何倍かという比です。熱の物理(統計力学)によると、エネルギーがkTの分だけ高くなるごとに、そこまで届く粒の数は約2.7分の1に減ります。山がkTの3倍の高さなら、2.7分の1を3回掛けて、約20分の1です。ここでは話を簡単にするため、細かい係数は省いています。

同じ割合を何回も掛けるので、回数が少し増えるだけで、結果は桁で変わります。これが指数関数の性質です。2.7…という数はeと呼ばれ、「eの−3乗」をexp(−3)と書きます。越えられる割合の目安exp(−Ea/kT)を、ボルツマン因子と呼びます。

低温と高温での、粒がもつエネルギーの分かれ方と、壁を越えられる粒の割合 越えるのに 必要なエネルギー 低温 高温 粒のもつエネルギー → 低温でも越えられる粒 高温で増える分
「低温」「高温」と書いた2本の線は、エネルギーごとの粒の数。線の下の面積(粒の総数)はどちらも同じ。点線より右の塗った部分が、壁を越えられる粒。省略していること: 右側の小さな部分が見えるように、温度差と壁の高さを実際よりずっと穏やかにしている。例えば0.7 eVの山なら、実際の割合は数億〜数百億個に1個ほど。

例えば山の高さが0.7 eVなら、55 ℃では山の高さがkTの約25倍です。2.7分の1を約25回掛けることになり、越えられる粒は約560億個に1個です。125 ℃ではkTが大きくなり、比は約20倍に下がります。掛ける回数が4回あまり減るだけで、越えられる粒は約7億個に1個、つまり約78倍に増えます。絶対温度で見ると2割上がっただけです。

しくみ2: アレニウスの式を言葉で読む

反応の速さは、「山に挑む回数」と「越えられる割合」の掛け算で考えられます。挑む回数のほうは、温度でそれほど大きくは変わりません。速さの温度による変化のほとんどは、越えられる割合、つまりボルツマン因子から来ます。

これを式にしたのが、アレニウスの式です。挑む回数などをまとめた係数をAとすると、次のように書きます。

速さ = A × exp(−Ea / kT)

教科書では、左辺の速さ(速度定数)にもkの文字を使い、k = A·exp(−Ea/kT) と書くことがあります。この2つのkは別のもので、右側のkがボルツマン定数です。

名前は、スウェーデンのアレニウスにちなみます。1889年、酸で砂糖(ショ糖)が分解する反応を調べた論文で、この式の意味を説明しました。化学の教科書では、粒1個ではなく1モル(決まった数の粒の集まり)あたりのエネルギーを使い、exp(−Ea/RT) と書きます。中身は同じ式です。

ここでは、AとEaは温度で変わらないものとして扱います。これはアレニウスの元の形の約束です。実際にはAも少し温度で変わることがありますが、指数の部分の変化に比べれば小さな差です。

しくみ3: アレニウスプロットで活性化エネルギーを読む

ある反応の活性化エネルギーは、いくつかの温度で速さを測ると求められます。横軸に絶対温度の逆数(1/T)、縦軸に速さの対数をとってグラフにします。このグラフをアレニウスプロットと呼びます。

こうすると、測った点がまっすぐな線に並びます。式の指数の中身は「−Ea/k × 1/T」なので、1/Tを横軸にとり、対数で指数をはずすと、ただの直線の式になるからです。線の傾きが急なほど、活性化エネルギーが大きく、温度に敏感な反応です。

アレニウスプロット: 速さの対数と温度の逆数が直線になり、傾きが活性化エネルギーを表す 125℃ 85℃ 55℃ 25℃ 温度(上の目盛り) 速さ(1目盛りで10倍) 0.7 eV 0.3 eV 約78倍 温度の逆数 1/T → (右ほど低温)
縦軸は速さ(1目盛りで10倍)、横軸は絶対温度の逆数で、右へ行くほど低温。0.7 eVと0.3 eVは活性化エネルギーで、55 ℃での速さをそろえて描いた。0.7 eVの線では、125 ℃の点が点線(55 ℃の高さ)より約78倍上にある。傾きが急な線ほど温度に敏感。省略していること: 実際の測定点のばらつき。

グラフを描かなくても、2つの温度での速さの比がわかれば、次の章の計算を逆にたどって求められます。たとえば55 ℃と125 ℃で速さが約78倍違えば、活性化エネルギーは約0.7 eVです。

点が1本の直線に乗ることは、測った温度の範囲で、同じ一つのしくみが速さを決めている目安になります。点が途中で折れ曲がるなら、別のしくみに入れ替わった印です。このことは、後の「この式が当てはまらないとき」で使います。

数字で見る: 125 ℃の1000時間は何年分?

試験の温度で、使うときの温度より何倍速く劣化が進むかを、加速係数と呼びます。アレニウスの式で、試験の温度での速さを、使うときの温度での速さで割ったものです。Aは割り算で消え、活性化エネルギーと2つの温度だけで決まります。

加速係数 = exp[(Ea / k) × (1/T使用 − 1/T試験)]

活性化エネルギーを0.7 eVと仮定し、55 ℃で使うチップを125 ℃で試験する場合を計算します。

  1. 温度を絶対温度にする: 55 ℃ = 328.15 K、125 ℃ = 398.15 K
  2. 逆数の差: 1/328.15 − 1/398.15 ≈ 0.000536(1/K)
  3. Ea/k: 0.7 ÷ 0.00008617 ≈ 8,120(K)
  4. 掛けると約4.35。e の4.35乗で、加速係数は約78

つまり125 ℃での1000時間は、55 ℃での約7万8000時間、約8.9年分の劣化にあたります。ここで温度は、部屋の温度ではなく、動いているチップ内部の温度(接合温度)です。チップは自分の熱で周りより熱くなるので、接合温度の計算ツールで見積もってから使います。

仮定した活性化エネルギー加速係数(55 ℃ → 125 ℃)125 ℃の1000時間は
0.3 eV約6.5倍約0.7年分
0.5 eV約22倍約2.6年分
0.7 eV約78倍約8.9年分
1.0 eV約500倍約57年分

表のとおり、答えは活性化エネルギーの仮定で何十倍も変わります。どの値を使うべきかは、劣化の原因(故障メカニズム)ごとに違います。業界団体JEDECの文書JEP122は、原因ごとの活性化エネルギーとモデルをまとめています。原因がわからないときは0.7 eVがよく仮の値として使われ、メーカーの信頼性資料にもその例があります。あくまで仮の値です。

半導体のどこに出てくるか

熱酸化: 酸化膜の育つ速さ

シリコンを高温の酸素の中に置くと、表面に酸化膜(SiO₂)が育ちます。これを熱酸化と呼びます。膜の育ち方は、1965年のDeal-Groveモデルで表されます。このモデルの2つの定数が、どちらもアレニウスの式に従います。

膜が薄いうちは、シリコンとの境目での反応が速さを決め、活性化エネルギーは約2.0 eVです。膜が厚くなると、酸素が膜の中をしみ通る速さが決め手になり、乾いた酸素で育てるドライ酸化では約1.2 eVです。1000 ℃から1100 ℃に上げると、前者は約3.8倍、後者は約2.3倍になります。熱酸化の膜厚の計算ツールで、温度を変えて確かめられます。

不純物の拡散: 原子が広がる速さ

シリコンに混ぜたホウ素やリンの原子は、高温では結晶の中を少しずつ移動して広がります。この性質を使って不純物を入れる方法が熱拡散です。広がりやすさを表す拡散係数Dも、D = D0·exp(−Ea/kT) というアレニウスの形です。代表的な値は、ホウ素やリンで約3.5〜3.7 eV、ヒ素で4 eV前後と大きめです。

3.5 eVなら、1000 ℃を1100 ℃にするだけで、拡散係数は約10倍になります。そのため工場では、どの温度に何分さらしたかの積み重ね(サーマルバジェット)を管理し、ごく短い時間だけ加熱する方法も使います(炉アニール・RTA・レーザーアニールの違い)。実際の拡散は、不純物の濃度や結晶の傷にも左右されるので、この式は出発点です。

CVD: 反応律速と供給律速

気体の原料を表面で反応させて膜をつける方法を、CVDと呼びます。比較的低い温度では、表面での反応が遅く、反応の速さが成膜の速さを決めます。これを反応律速と呼び、速さはアレニウスの式どおり温度に敏感です。

温度を上げて反応が十分速くなると、今度はガスが表面に届く速さが追いつかなくなります。これを供給律速と呼び、温度を上げても速さはあまり変わりません。アレニウスプロットでは、線が途中で折れ曲がって見えます。減圧で行うCVDの多くは、ウエハ全体で膜の厚さをそろえやすい反応律速の側で使われます。

アレニウスプロットの折れ曲がり: 高温側では別のしくみが速さを決める 低温の直線を延ばすと 高温では外れる 供給律速 (温度に鈍い) 反応律速 (温度に敏感) ← 高温 低温 → 1/T 成膜の速さ(対数)
CVD(気体の原料で膜をつける方法)での例。軸の取り方は前の図と同じで、左ほど高温。右の急な部分では表面の反応の速さが、左のゆるい部分ではガスが届く速さが、成膜の速さを決める。省略していること: 実際の曲がり方はなめらかで、折れ曲がる温度は装置と条件で変わる。

信頼性試験: HTOLとエレクトロマイグレーション

チップを高温で、電圧をかけて動かし続ける試験をHTOLと呼びます。JEDECの規格JESD22-A108にもとづく試験で、メーカーの信頼性資料では125 ℃・1000時間という条件がよく見られます。結果を使うときの温度での年数に直すのが、さきほどの加速係数です。

配線の金属原子が、流れる電子に押されて少しずつ動き、やがて配線が切れる現象をエレクトロマイグレーションと呼びます。その寿命はブラックの式で見積もります。電流の密度の項と、アレニウスの形の温度の項を掛け合わせた式で、活性化エネルギーは金属の種類や原子の通り道で変わります。

リーク電流: 熱で生まれる電子

オフのはずのトランジスタやダイオードにも、わずかな電流が漏れます。その一部は、熱でシリコンの中に生まれる電子と正孔が運ぶもので、これもボルツマン因子に従って温度とともに急に増えます。熱で電子が増えるしくみは、「半導体とは?」で説明しています。

このときの「壁」は、バンドギャップ(シリコンで約1.12 eV)に関係します。漏れ方のしくみによって、見かけの活性化エネルギーはその半分ほどか、ほぼ同じになります(Szeの教科書)。純粋なシリコンで熱によって生まれる電子の数(真性キャリア密度)は、25 ℃から85 ℃で約67倍になります。真性キャリア密度の計算ツールで確かめられます。漏れ電流のうち、この数に比例する部分は同じくらい増え、この数の2乗に比例する部分は数千倍に増えます。

この式が当てはまらないとき

律速が切り替わるとき: CVDの例のように、温度の範囲によって速さを決めるしくみが入れ替わると、1本の直線では表せません。低温で測った直線を高温まで延ばすと、外れます。

原因が一つでないとき: 実際のチップには、劣化の原因がいくつもあり、それぞれ活性化エネルギーが違います。全体の故障率は、原因ごとの故障率を足して見積もります。1つの値でまとめると、温度によって大きくずれます。

温度以外が効くとき: 湿度や電圧も劣化を速めます。湿度にはPeck(ペック)のモデル、電圧など温度以外の条件にはEyring(アイリング)型のモデルなど、別の式を組み合わせます。湿度をかける試験の例がHASTです。

よくある誤解

誤解: 「10 ℃上がると速さは2倍」は物理の法則

実際は、活性化エネルギーと温度で変わる目安です。室温近くでちょうど2倍になるのは、活性化エネルギーが約0.55 eVのときです。0.7 eVなら、25 ℃から35 ℃で約2.4倍、115 ℃から125 ℃では約1.7倍です。同じ10 ℃でも、温度が高いほど倍率は小さくなります。覚えやすいので、条件を抜きにして広まった目安です。

誤解: 試験の温度は高いほど、短い時間で済んでよい

実際は、温度を上げすぎると、使うときには起きない別の劣化が現れます。CVDの折れ曲がりと同じで、高温で効く別のしくみに入れ替わると、加速係数で使用時に戻す計算が成り立ちません。パッケージの材料が耐えられない温度もあります。そのため試験の温度は、規格や製品の使い方に合わせ、使うときと同じしくみが働く範囲で決めます。

誤解: 活性化エネルギーは、そのチップに決まった定数

実際は、劣化や反応のしくみごとの値です。同じチップの中でも、絶縁膜が壊れる現象と配線が切れる現象では違う値になります。工程や材料が変われば、同じ現象でも値が変わることがあります。0.7 eVのような一つの数字がよく使われるため、チップの性質のように見えてしまいます。

まとめの数字

数字何の数字か
約0.026 eV25 ℃での熱の揺れの目安 kT
8.617×10⁻⁵ eV/Kボルツマン定数
約78倍Ea 0.7 eVで、55 ℃に対する125 ℃の加速係数
約8.9年分上の条件で、125 ℃・1000時間の試験が相当する55 ℃での時間
約10倍Ea 3.5 eVの拡散係数で、1000 ℃から1100 ℃にしたときの変化
約0.55 eV室温付近で「10 ℃で2倍」がちょうど成り立つ活性化エネルギー

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