フェルミ分布とボルツマン分布とは? 半導体の電子の数え方

約14分 · 更新: 2026年10月23日

半導体で電気を運ぶ電子の数は、エネルギーの「席」の数と、その席が電子で埋まる確率で決まります。この確率を表すのがフェルミ分布(フェルミ・ディラック分布)で、確率がちょうど半分になる高さをフェルミ準位と呼びます。席がほとんど空なら、より簡単なボルツマン分布の形 exp(−E/kT) で数えられます。ここから、電子の数が温度やバンドギャップで桁違いに変わる理由がわかります。

この記事でわかること

  • 熱の目安 kT(室温で約26 meV)と、ボルツマン因子の意味
  • フェルミ準位とは何か、フェルミ分布はどんな形か
  • フェルミ分布をボルツマン因子で近似してよいのはいつか
  • シリコンの電子の数が温度とバンドギャップで大きく変わる理由
  • 不純物でフェルミ準位が動く理由
  • 漏れ電流の温度依存と、トランジスタの「60 mV/桁」の限界

前提知識: 「半導体とは?」で説明している、バンドギャップ・n型とp型・正孔のおおまかな意味。式は、言葉で説明してから示します。

身近なところでは

スマホやパソコンのチップは、使っていると熱くなります。チップが熱くなると、オフにしているはずのトランジスタから漏れる電流が増えます。漏れた電流は電力のむだになり、さらに熱を生みます。そのためチップの設計では、高温での漏れ電流を必ず見積もります。

省電力のトランジスタの話では、「60 mV/桁」という数字もよく出てきます。ふつうのトランジスタでは、オフに近い状態で電流を10倍にするには、室温でゲートの電圧を約60 mV以上動かす必要があります。

2つの話の根っこは同じです。半導体の中で電気を運べる電子が何個あるかを、熱がどう決めるか、という問題です。この記事では、その「電子の数え方」を順に見ていきます。

しくみ1: 熱の目安 kT は室温で約26 meV

物の中の原子や電子は、熱によっていつもエネルギーをやりとりしています。そのエネルギーの目安が、絶対温度Tにボルツマン定数kを掛けた kT です。絶対温度は、℃の値に273.15を足した温度で、単位はK(ケルビン)です。

エネルギーの単位には eV(電子ボルト)を使います。1 eVは、電子1個が1 Vの電圧で押されて得るエネルギーです。室温(300 K、約27 ℃)では、kTは約0.026 eV、つまり約26 meV(ミリ電子ボルト)です。

比べる相手は、シリコンのバンドギャップです。電子で満員の下の帯から、空いている上の帯へ移るのに必要なエネルギーの段差で、300 Kで約1.12 eVです。kTの約43倍の高さがあるので、熱だけで段差を越える電子は、ごくわずかです。

しくみ2: ボルツマン因子 ― kTごとに約2.7分の1

熱でエネルギーをもらった電子のうち、大きなエネルギーをもつものは一部だけです。おおまかには、エネルギーがkTの分だけ高くなるごとに、そこまで届く割合は約2.7分の1に減ります。2.7…という数はeと呼ばれます。

この割合を式で書いたものが、ボルツマン因子 exp(−E/kT) です。Eは目標までのエネルギーの高さで、exp(−3) は「eの−3乗」、つまり2.7分の1を3回掛けた値です。同じ割合を何度も掛けるので、高さが少し変わるだけで、結果は桁で変わります。粒の数がこの因子に従って分かれている状態を、ボルツマン分布と呼びます。

例えば、高さがkTの10倍なら約2万分の1、20倍なら約5億分の1です。化学反応や劣化の速さが温度で急に変わるのも、同じ因子のためです。そちらの話は「アレニウスの式とは?」で説明しています。

しくみ3: フェルミ分布とフェルミ準位

ただし電子には、ほかの粒にはない決まりがあります。結晶の中で電子がとれるエネルギーの「席」には、1つの席に電子が1個までしか入れません。この決まりをパウリの排他原理と呼びます。ここでは話を簡単にするため、電子の向き(スピン)が違えば別の席と数えています。

温度が絶対零度(0 K)なら、電子は低い席から順に詰まり、ある高さより上は空になります。温度が上がると、境目の近くの電子が熱で少し上の席へ移り、境目がぼやけます。ぼやける幅は、kTの数倍ほどです。

それぞれの高さの席が電子で埋まっている確率を表したものを、フェルミ・ディラック分布(フェルミ分布)と呼びます。そして、埋まっている確率がちょうど半分になる高さを、フェルミ準位と呼びます。フェルミ準位より十分低い席はほぼ満員、十分高い席はほぼ空です。この目印が1つに決まるのは、温度が一様で、外から電圧や光を加えていない「熱が釣り合った状態」のときです。

式で書くと、高さEの席が埋まる確率 = 1 ÷ (1 + exp((E − EF) / kT)) です。EFはフェルミ準位の高さです。E = EF なら exp(0) = 1 なので、分母は2になり、確率は1/2です。

しくみ4: ボルツマン因子で近似できるとき

フェルミ準位よりずっと高い席では、分母のexpの部分がとても大きくなります。すると分母の「1 +」はほとんど効かなくなり、埋まる確率は exp(−(E − EF) / kT) とほぼ同じになります。これは、しくみ2のボルツマン因子そのものです。

目安は、フェルミ準位よりkTの3倍以上高いことです。このとき2つの差は5%以下で、室温ならフェルミ準位より約0.08 eV以上高い席にあたります。ほとんど空の席では、2個の電子が同じ席を取り合うことがまずありません。そのため「1席に1個」の決まりを気にせず、ふつうの粒と同じように数えられるのです。下の帯の空席(正孔)も同じで、フェルミ準位より3kT以上低い席なら、空席になる確率をボルツマン因子の形で数えられます。

フェルミ・ディラック分布とボルツマン因子: フェルミ準位より3kT以上高い席では、ほぼ重なる 1 ½ 0 フェルミ準位 +3kT ほぼ重なる 席のエネルギー(高い →) フェルミ・ディラック分布 ボルツマン因子
縦軸は、その高さの席が電子で埋まっている確率。点線がフェルミ準位(確率がちょうど½の高さ)。横軸の「+3kT」は、フェルミ準位よりkT(室温で約26 meV)の3倍高い位置。省略していること: ボルツマン因子はフェルミ準位より下では1を超えてしまうので、そこは描いていない。

ふつうのシリコンの部品は、多くがこの近似の使える範囲で動いています。そのため教科書の半導体の式は、ボルツマン因子の形で書かれたものが多いのです。一方、金属や、不純物をとても多く入れたシリコンでは、フェルミ準位が帯の近くや中に入ります。そこでは近似が使えず、フェルミ分布のまま扱います。このような半導体を縮退半導体と呼びます。

しくみ5: 純粋なシリコンの電子の数

純粋なシリコンでは、上の帯に上がった電子の数と、下の帯に残った空席(正孔)の数が等しくなります。この釣り合いから、フェルミ準位はバンドギャップのほぼ真ん中に来ます。すると上の帯の席は、フェルミ準位から約0.56 eV、kTの約22倍も上にあります。

ボルツマン因子で数えると、上の帯のいちばん低い席が埋まる確率は約4×10⁻¹⁰です。これに、上の帯の端近くにある席の数を掛けると、300 Kで1 cm³あたり約1×10¹⁰個の電子になります。この数を真性キャリア密度と呼び、niと書きます。シリコンの原子は1 cm³に約5×10²²個あるので、約5兆個に1個です。

niの値は資料によって少し違い、1.45×10¹⁰や1.5×10¹⁰を使う教科書もあります。最近の精密な見積もりは約1.0×10¹⁰や9.65×10⁹です。測定の方法や計算に使う値の違いによるもので、桁はどれも同じです。

このしくみから、niは温度にとても敏感だとわかります。室温付近では、10 ℃上がるごとに約2倍になり、25 ℃から85 ℃では約67倍です。バンドギャップにも敏感です。300 Kで、ギャップが約0.66 eVのゲルマニウムは約2×10¹³、約1.42 eVのヒ化ガリウム(GaAs)は約2×10⁶です。ギャップの半分がkTの何倍かが、ボルツマン因子の指数に入るためです。

しくみ6: 不純物でフェルミ準位が動く

リンのようなドナーを加えると、上の帯に電子がたくさん入ります。上の帯の席が埋まる確率が上がるので、「確率が半分の高さ」であるフェルミ準位は、上の帯に近づきます。逆に、ホウ素のようなアクセプタで空席を増やすと、フェルミ準位は下の帯に近づきます。

動く量は、ボルツマン因子から決まります。上の帯の電子を10倍にするには、フェルミ準位を約60 meV(kTの約2.3倍)上げればよい計算です。例えばリンを1 cm³あたり10¹⁶個(原子500万個に1個)入れると、電子はniの100万倍です。10倍を6回なので、フェルミ準位は真ん中から約0.36 eV上がります。

純粋なシリコン、n型、p型でのフェルミ準位の位置 純粋 n型 p型 上の帯 下の帯 フェルミ準位 電子 空席(正孔)
上下の帯のあいだ(すき間)がバンドギャップ。純粋なシリコンではフェルミ準位がほぼ真ん中に、ドナーを入れたn型では上の帯の側に、アクセプタを入れたp型では下の帯の側に来る。n型・p型の位置は、不純物が1 cm³あたり10¹⁶個(原子500万個に1個)のときの比率で描いた。省略していること: 実際の電子や空席の数の比(n型の空席は電子の約1兆分の1)。

それでも上の帯の端までは約0.2 eV(kTの約8倍)離れているので、ボルツマン因子の近似はそのまま使えます。このとき正孔は、1 cm³あたり約10⁴個まで減ります。熱が釣り合った状態では、電子の数と正孔の数を掛けるとniの2乗になる、という関係があるためです。不純物が1 cm³あたり10¹⁸個を超えるあたりから、帯の端までの距離が3kTを切り、近似が崩れ始めます。なお、温度が上がるとniが増えるので、同じ不純物の量でも、フェルミ準位は真ん中へ戻っていきます。

効くところ1: 温度で漏れ電流が増える

p型とn型の境目(PN接合)に、電流が流れにくい向きの電圧をかけても、わずかな電流が漏れます。この漏れの一部は、熱で生まれた電子と正孔が運びます。そのため漏れ電流には、niに比例する部分や、niの2乗に比例する部分があり、温度とともに急に増えます。

最初のトランジスタはゲルマニウムで作られましたが、のちにシリコンが主流になりました。理由の一つがここにあります。ギャップの大きいシリコンは、niがゲルマニウムの約2000分の1で、温度が上がっても漏れにくいのです。さらにギャップの大きい炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)は、高温・高電圧で使うパワー半導体に使われます。

効くところ2: 60 mV/桁の限界

チップで使うトランジスタ(MOSFET)では、電子はソースという端子から入り、ドレインという端子へ出ていきます。オフのとき、両者のあいだには、電子にとってのエネルギーの壁があります。ゲートという電極の電圧が、この壁の高さを上げ下げします。くわしい構造は「トランジスタとは?」で説明しています。

壁を越えられるのは、ソースの電子のうち、壁より高いエネルギーをもつものだけです。壁の上はフェルミ準位より十分高いので、その数はボルツマン因子で決まります。壁をkT(約26 meV)下げるごとに電流は約2.7倍に、その2.3倍の約60 meV下げると10倍になります。

理想的なトランジスタでは、ゲートの電圧を1 V上げると、電子にとっての壁がちょうど1 eV下がります。だから電流を10倍にするには、ゲートの電圧を約60 mV動かせばよく、これより少なくては足りません。この「電流を10倍にするのに要るゲートの電圧」を、サブスレッショルドスイングと呼びます。オンとオフの境目のゲートの電圧をしきい値電圧と呼び、それより下(サブスレッショルド)での電流の変わり方を表す数です。

しきい値電圧より下では、ゲートの電圧を約60 mV上げるごとに電流が10倍になる(理想の場合) 電流(1目盛りで10倍) しきい値電圧 60 mV 10倍 ゲートの電圧 → 理想(室温で60 mV/桁) 実際の素子(例)
縦軸は電流(1目盛りで10倍)、横軸はゲートの電圧。しきい値電圧より左が、オフに近い領域。理想の線は60 mVごとに1目盛り上がる。しきい値電圧が同じなら、傾きの緩い線ほど、左端(オフの状態)での漏れ電流が多い。省略していること: 実際の素子の線の傾きは説明のための例。しきい値電圧より右の曲がり方も簡略化している。

実際のトランジスタでは、ゲートの電圧の一部しか壁の高さに効かないので、60 mVより大きくなります。また、この下限はkTに比例するので、85 ℃では約71 mVに広がります。この下限は、2つの前提から出ています。電流を運ぶのが、熱で壁を越える電子であること。そして、ゲートの電圧が壁の高さを、その電圧と同じ分までしか動かせないことです。この2つが成り立つ限り、材料や大きさを変えても下げられません。

この限界が困るのは、漏れ電流と電源の電圧の兼ね合いです。しきい値電圧で流れる電流を10万分の1に絞るには、ゲートの電圧を少なくとも0.3 V(60 mV×5)下げる必要があります。そのため、しきい値電圧を低くしにくく、電源の電圧も下げにくいのです。

温度の影響も、ここから見積もれます。しきい値電圧より0.3 V低い電圧でオフにしているトランジスタを、25 ℃から85 ℃にしたとします。ボルツマン因子の部分だけで計算すると、漏れ電流は約7倍になります。実際の素子では、しきい値電圧が温度とともに下がることなども加わるので、この値は目安です。

よくある誤解

誤解: フェルミ準位には、電子がたくさんいる

実際は、フェルミ準位は「席が埋まる確率が半分になる高さ」を表す目印で、そこに電子がいるとは限りません。純粋なシリコンやふつうのn型・p型では、フェルミ準位はバンドギャップの中、つまり席のない高さにあります。金属ではフェルミ準位のまわりに電子がたくさんいるので、「電子が詰まっているいちばん上」と覚えた人がこう誤解しがちです。

誤解: ボルツマン分布とフェルミ分布は、別々の現象を表す

実際は、熱が釣り合った状態の電子の席の埋まり方はいつもフェルミ分布で、ボルツマン因子はその近似です。フェルミ準位からkTの3倍以上離れた席(上ならほぼ空、下ならほぼ満員)でだけ使えます。教科書の式の多くがボルツマン因子の形で書かれているため、別の法則のように見えてしまいます。不純物の多い部分や金属では、フェルミ分布に戻る必要があります。

誤解: 60 mV/桁は、トランジスタを小さくしたり材料を変えたりすれば下げられる

実際は、ソースの電子の熱による広がり、つまり温度で決まる限界です。ふつうのトランジスタは、熱で壁を越える電子で電流を流し、ゲートの電圧で壁を直接動かします。このしくみのままでは、形や材料を工夫しても、室温で60 mV/桁より急にはできません。英語では「Boltzmann tyranny」(ボルツマンによる縛り)とも呼ばれます。超えるため、壁を通り抜けるトンネル効果や、ゲートの電圧を内部で大きくする「負性容量」を使うトランジスタが研究されています。

数字で見る

数字何の数字か
約26 meV室温(300 K)のkT。熱の目安
約1.12 eVシリコンのバンドギャップ(300 K)。kTの約43倍
3kT(室温で約0.08 eV)フェルミ準位からこれ以上高い席なら、ボルツマン因子との差は5%以下
約1×10¹⁰個/cm³シリコンの真性キャリア密度(300 K)。資料により約0.97〜1.5×10¹⁰
約2倍室温付近で、10 ℃上がったときの真性キャリア密度の変化
約60 meV電子の数を10倍にするのに要るフェルミ準位の動き(室温)
約60 mV/桁室温でのサブスレッショルドスイングの下限(85 ℃では約71 mV)

60という数字が2回出てくるのは、偶然ではありません。どちらも「ボルツマン因子で数を10倍にするには、エネルギーをkTの約2.3倍動かす」という同じ計算から出てくる数です。

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