量子コンピュータとは? 何が得意で、何が苦手なのか

約13分 · 更新: 2026年10月23日

量子コンピュータは、量子力学の性質を使って計算する機械です。答えを全部同時に試すのではなく、「重み」の打ち消し合いを使って、正解が出やすくなるように計算します。分子の計算や暗号の解読など一部の問題で大きく速くなると期待されます。ただし、パソコンの代わりにはならず、2026年時点では誤りが多く、まだ研究の途中です。

この記事でわかること

  • ふつうのビットと量子ビットの違い(重ね合わせ・量子もつれ)
  • 「全部の答えを同時に試す」が誤解である理由
  • 得意だと期待されていることと、苦手なこと
  • 作るのが難しい理由と、誤り訂正の進み具合
  • 暗号への影響と、ニュースの数字の読み方

前提知識: コンピュータが情報を0と1で表すことを知っていると読みやすくなります。「コンピュータは0と1でどう計算するの?」で説明しています。

身近なところでは: ニュースの量子コンピュータ

「スーパーコンピュータで10の25乗年かかる計算を、5分足らずで終えた」。2024年12月、Googleが新しい量子チップ「Willow」を発表し、こんな見出しが世界に流れました。日本でも2025年4月、富士通と理化学研究所が256量子ビットの機械を発表しています。

今の量子コンピュータは研究所などに置かれ、研究者や企業がネットワーク越しに使っています。

しくみ1: ビットと量子ビット

ふつうのコンピュータは、情報を0と1の並びで表します。この1けたをビットと呼びます。チップの中では、トランジスタというスイッチの状態などで、1つのビットはいつも0か1のどちらか一方に決まっています。

量子コンピュータで情報を表す1けたは、量子ビットと呼びます。量子ビットは、測る前には、0と1のそれぞれに「重み」を持った状態をとれます。この重みはプラスにもマイナスにもなります。物理学では、この重みを「振幅」と呼びます。本当は複素数という種類の数ですが、ここでは話を簡単にして、プラスとマイナスの数として説明します。

量子ビットを測ると、結果は必ず0か1のどちらか1つです。どちらが出るかは確率で決まり、重みを2回掛けた値(2乗)が、その結果の出る確率になります。例えば0の重みが0.8、1の重みがマイナス0.6なら、0が64%、1が36%の確率で出ます。測ったあとの量子ビットは、出た結果の状態に変わってしまいます。

このように0と1の両方に重みを持った状態を、重ね合わせと呼びます。「0でもあり1でもある」と説明されることもありますが、それだけでは足りません。大事なのは、重みにプラスとマイナスがあることです。これが、次に説明する「打ち消し合い」につながります。

ふつうのビットは0か1のどちらか。量子ビットは0と1に重みを持ち、測ると0か1が1つ出る ふつうのビット 0 1 いつも0か1の どちらか一方 量子ビット(測る前) +0.8 0の 重み −0.6 1の 重み 測ると 0 … 64% 1 … 36% 出る確率は、重みを2乗した値 (0.8×0.8=0.64、0.6×0.6=0.36)
上はふつうのビット、下は量子ビット。量子ビットの棒の長さは重みの大きさ、上向きはプラス、下向きはマイナスを表します。省略していること: 本当の重みは複素数で、プラス・マイナスだけでは表せないこと。

しくみ2: 重みの打ち消し合いで、正解を目立たせる

量子ビットを2個使うと、00・01・10・11の4通りのそれぞれに重みが付きます。3個なら8通り、10個なら1,024通りと、1個増えるたびに2倍になります。50個では1,000兆通りを超えます。ふつうのコンピュータでこの重みをすべて書き留めようとすると、すぐにメモリが足りなくなります。

ただし、測って取り出せるのは、量子ビットの数だけの0と1の並び1つです。でたらめに測るだけなら、答えの候補を1つくじ引きで選ぶのと変わりません。

そこで量子コンピュータは、測る前に、重みを変える操作を順に加えます。この操作を量子ゲートと呼びます。操作を重ねると、同じ結果に向かう重みどうしが足し合わされます。同じ符号なら強め合い、プラスとマイナスなら打ち消し合います。物理学では、これを干渉と呼びます。

量子コンピュータの計算の手順(アルゴリズム)は、はずれの重みが打ち消し合い、正解の重みが強め合うように組み立てます。すると、最後に測ったとき、正解が高い確率で出ます。ただし、こうした組み立て方が見つかっているのは、特別な構造を持つ一部の問題だけです。

同じ符号の重みは強め合い、プラスとマイナスの重みは打ち消し合う 正解に向かう重み + = 強め合う → 出やすい はずれに向かう重み + = 0 打ち消し合う → 出にくい こうなるように操作を組み立てる
上向きの棒はプラス、下向きの棒はマイナスの重みです。省略していること: 実際は多くの量子ビットの重みが何段階もの操作で混ざり合うこと、重みが複素数であること。

しくみ3: 量子もつれ: 離れても結果がそろう

2個の量子ビットを、測ると「両方0」か「両方1」のどちらかが半々の確率で出る状態にできます。1個ずつ見ると0か1かはでたらめなのに、2個の結果は必ずそろいます。このように、量子ビットどうしの結果が結びついた状態を量子もつれと呼びます。

2個を遠く離しても、この結びつきは保たれます。それでも、量子もつれを使って光より速く情報を送ることはできません。片方を測った人には、自分の結果がでたらめな0か1にしか見えないからです。結果がそろっていることは、ふつうの通信で突き合わせて、初めてわかります。

ただし、結果がそろうだけなら、ふつうの仕掛けでも作れます。量子もつれは、測り方を変えても結果が結びついている、もっと強いつながりです(詳しくは省きます)。

得意だと期待されていること

分子や材料の性質の計算

分子の中の電子は、量子力学に従ってふるまいます。ふつうのコンピュータで正確に計算しようとすると、扱う数が電子の数とともに急に増えます。そこで物理学者のファインマンは、1982年の論文で「量子力学に従う機械で、自然をまねればよい」と提案しました。薬や電池の材料、触媒の研究などへの応用が期待されています。

マイクロソフトなどの研究者の2023年の論文も、最も有望なのは化学や材料の問題だとしています。ただし2026年時点で、役立つ問題でふつうのコンピュータの最良の方法をはっきり上回った例は、まだ確立していません。

大きな数の素因数分解

大きな数を素数の掛け算に分けること(素因数分解)は、ふつうのコンピュータではとても時間がかかります。1994年、ピーター・ショアは、量子コンピュータならこれを速く解ける手順を発表しました。これをショアのアルゴリズムと呼び、暗号に大きな影響があります(後で説明します)。

探しもの: 速くなるのは平方根の程度

1996年にグローバーが発表した手順を使うと、手がかりのないデータから目当てのものを探す回数が減ります。100万件なら、ふつうは平均50万回調べるところを、約800回で済みます。回数が「件数の平方根」の程度になるのです。

しかし、量子コンピュータの1回の操作はずっと遅く、誤りを直す手間もかかります。先の2023年の論文は、この程度の速くなり方では、実用の問題で上回るのは難しいと指摘しています。配送ルートなどの「最適化」への期待もありますが、2026年時点で確かな証拠はまだ乏しい状況です。

苦手なこと: パソコンの代わりにはならない

ネットを見る、動画を再生する、文書を書く。こうした作業は、打ち消し合いで答えを目立たせる形をしていません。1回の操作が遅く誤りも多い量子コンピュータでは、ふつうのコンピュータにかないません。

大量のデータを読み込んだり、結果をたくさん取り出したりするのも苦手です。1回測って取り出せるのは、0と1の並び1つだけだからです。このため、量子コンピュータは、入力が小さく計算がとても重い問題に向くと考えられています。

なぜ作るのが難しいのか

重みはとても壊れやすい

量子ビットの重みは、周りの熱やわずかな電波、振動の影響で少しずつ乱れ、打ち消し合いに使えなくなります。この現象をデコヒーレンスと呼びます。GoogleのWillowでは、量子ビットのエネルギーが保たれる時間の目安が、平均68マイクロ秒です。1万分の1秒にも届かない時間です。

そこで、冷やすと電気抵抗がゼロになる「超伝導」を使う方式では、チップを極低温まで冷やします。Googleが2019年に発表したチップは、希釈冷凍機という装置で、20ミリケルビン未満に冷やしていました。それ以上冷やせない温度(絶対零度、−273.15℃)より、0.02度高いだけです。

操作の誤りが多い

Willowでは、2個の量子ビットを使う操作の誤りが平均0.33%、約300回に1回でした。この割合で1,000回の操作を続けると、どこかで誤りが起きる確率は約96%になります。

誤り訂正と論理量子ビット

ふつうのデータなら、何個か写して多数決をとれば、誤りを直せます。ところが量子ビットの状態は、そのまま写し取れません。そこで、1つの情報をたくさんの量子ビットに広げて持たせ、「どこで誤りが起きたか」の手がかりだけを測って直します。これを量子誤り訂正と呼びます。

誤り訂正で守られた1個分を「論理量子ビット」、その材料の一つ一つを「物理量子ビット」と呼びます。誤り訂正は、物理量子ビットの誤りがある境目(しきい値)より少ないときだけ、量子ビットを増やすほどよく効きます。

Googleは2024年12月、Willowでこの境目を下回ったという論文を、科学誌Natureに発表しました。論理量子ビットを3段階で大きくすると、1段ごとに誤りが約半分(2.14分の1)になりました。最も大きなものは101個の物理量子ビットを使い、いちばん長持ちする物理量子ビットの約2.4倍、情報を保ちました。

ただし、この実験で示したのは、情報を保つ「記憶」の部分です。誤りを直しながら役立つ計算をするには、もっと多くの量子ビットと、さらに少ない誤りが必要です。IBMは2025年6月、200個の論理量子ビットを持つ機械を2029年までに作るという、会社の計画を発表しました。

たくさんの物理量子ビットをまとめて、1個の論理量子ビットとして使う 物理量子ビット (Willowの例で101個) 論理 量子ビット 1個 四角: 誤りの手がかりを調べる係 ずっと調べ続けて、誤りを直す
丸は情報を持つ物理量子ビット、小さな四角は誤りの手がかりを調べる物理量子ビットです。省略していること: 実際の並び方と数(Willowでは情報用49個、調べる係48個など計101個)、誤りを見つける計算。

量子ビットの作り方いろいろ

量子ビットの作り方の主な方式は次の5つで、どれが最も有利かは、2026年時点ではまだ決まっていません。

  • 超伝導: 超伝導の金属の小さな回路を、半導体と似た方法でチップに作ります。GoogleやIBM、富士通と理研などの方式で、極低温が必要です。
  • イオントラップ: 電気を帯びた原子(イオン)を真空中に浮かべ、レーザーで操作します。誤りが少ない一方、操作は遅めです。
  • 中性原子: 電気を帯びていない原子を、レーザーの光の「ピンセット」で並べます。数を増やしやすい方式です。
  • 光: 光の粒(光子)を使います。光通信の技術を生かせますが、光の粒どうしを作用させるのが難しい方式です。
  • スピン: シリコンなどの中に閉じ込めた電子1個の性質(スピン)を使います。半導体工場の技術を生かせると期待されています。

暗号への影響

ネットで買い物をするとき、ブラウザとサイトは、通信を暗号で守っています(「HTTPSとは?」)。最初に秘密の鍵を用意する場面などでは、公開鍵暗号という種類の暗号が使われます。その代表であるRSA暗号や楕円曲線暗号は、ショアのアルゴリズムで破られます。

ただし、それには誤り訂正をした大規模な機械が要ります。Googleの研究者は2025年、2048ビットのRSA暗号を解く見積もりを出しました。物理量子ビット100万個未満で、1週間足らずというものです。2019年の見積もり(約2,000万個で8時間)より、時間がかかる代わりに数が大きく減りました。2026年時点の装置は、数でも誤りの少なさでも、まだ及びません。

それでも対策が急がれるのは、「今のうちに暗号文を集めておき、将来解読する」攻撃が考えられるからです。何十年も秘密にしたい情報は、今から守り方を変える必要があります。

米国の国立標準技術研究所(NIST)は2024年8月、暗号の新しい標準を3つ公表しました。量子コンピュータでも解きにくいと考えられる暗号で、耐量子計算機暗号と呼ばれます(FIPS 203・204・205)。NISTは同じ年の11月の案で、RSA暗号などを2035年までに使わないようにする計画を示しています。

一方、共通鍵暗号やパスワードの推測には、グローバーの手順の平方根の程度の高速化しか効きません。鍵を長くすれば対応できると考えられています。パスワードが破られる今の主な原因は、推測されやすさや使い回しです(「パスワードはなぜ破られる?」)。

ニュースの読み方

「量子超越」「量子優位」の主張

ふつうのコンピュータでは現実的な時間で解けない計算を量子コンピュータで解くことを、「量子超越」や「量子優位」と呼びます。2019年、Googleは53量子ビットのチップで、スーパーコンピュータなら1万年かかる計算を約200秒で終えたと発表しました。IBMの研究者はすぐに、工夫すれば2.5日でできるという見積もりで反論しました。2022年には、GPU 512個を使い約15時間で解いた論文も出ています。

ふつうのコンピュータの方法が改良されると、差は縮みます。また、比べた計算は量子コンピュータに有利な問題で、それ自体に実用の目的はありません。冒頭のWillowの「10の25乗年」も、この種類の問題でのGoogleの見積もりです。2025年10月の「スーパーコンピュータの約13,000倍速い」も、Googleの見積もりです。会社は実用への一歩と説明しています。

量子ビットの数だけで比べない

IBMは2023年12月、1,121量子ビットのCondorと、133量子ビットのHeronを同時に発表しました。IBMが力を入れて説明したのは、誤りの少ないHeronのほうでした。量子ビットが多くても、誤りが多ければ長い計算はできません。

ニュースを見たら、次の3つを確かめましょう。どんな問題を解いたのか。比べた相手は、ふつうのコンピュータの最良の方法か。誤りの割合や論理量子ビットの数は書かれているか。

数字で見る

項目数字時点・出典
Willowの物理量子ビット105個2024年、Google
Willowの2量子ビット操作の誤り平均0.33%2024年、Google
イオントラップのHeliosの2量子ビット操作の誤り約0.08%(98量子ビット)2025年、Quantinuumの発表
2048ビットのRSA暗号を解く見積もり物理量子ビット100万個未満、1週間足らず2025年、Googleの研究者(誤り率0.1%と仮定)

100万個は、Willowの105個の約1万倍です。しかも見積もりは、操作の誤りがWillowの0.33%より少ない0.1%という前提です。

よくある誤解

誤解: 量子コンピュータは、すべての答えを同時に試して、いちばん良いものを選べる

実際は、測って取り出せるのは1つの結果だけです。はずれの重みを打ち消し合わせる手順が必要で、それが見つかっている問題は限られます。「重ね合わせ=たくさんの状態を同時に持つ」という短い説明だけが広まったことが、誤解のもとです。

誤解: 量子ビットが多いほど、性能が高い

実際は、誤りの割合、重みを保てる時間、量子ビットどうしのつながり方で、できる計算が大きく変わります。役立つ計算には、誤り訂正で守られた論理量子ビットの数が大事です。数が見出しになりやすいので、誤解が生まれます。

誤解: 量子コンピュータは、もうすぐすべての暗号を破る

実際は、大きく影響を受けるのは主に公開鍵暗号で、破れる規模の機械はまだありません。ただし「今集めて将来解読する」危険があるので、新しい暗号への移行は今から進められています。

もっと詳しく学ぶ

次に読む

シリーズ「半導体の業界とニュース」の記事

  1. 半導体工場(ファブ)とは? 巨額の投資と水・電気が要る理由
  2. ファウンドリとは? 半導体の受託製造と分業のしくみ
  3. HBMとは? AIの半導体で注目される積み重ねたメモリ
  4. チップレットとは? 1つのチップを小さく分けて組み合わせる理由
  5. 量子コンピュータとは? 何が得意で、何が苦手なのか
  6. 半導体不足はなぜ起きた? 2020〜2022年の品不足のしくみ
  7. ムーアの法則とは? 半導体が速く安くなってきた理由と今
  8. 半導体業界にはどんな仕事がある? 設計から製造・販売までの職種
  9. 半導体製造装置とは? チップを作る機械の種類と役割
  10. シリコンフォトニクスとは? 光で配線するチップのしくみ
  11. 微細化の先へ: これからの半導体技術をやさしく整理

この分野の問題: 量子コンピュータのハードウェア

参考にした資料

やさしい解説の一覧へ