半導体不足はなぜ起きた? 2020〜2022年の品不足のしくみ
2020〜2022年の半導体不足は、1つの原因ではなく、いくつもの原因が重なって起きました。コロナ禍で電子機器の需要が急に増えた一方、工場の生産量はすぐには増やせません。そこに工場の事故や災害と、不安からの注文の積み増しが重なりました。特に困ったのは、最先端ではない安いチップを多く使う自動車でした。
この記事でわかること
- 2020〜2022年に何が起きたのか(年と出典つきの数字)
- 需要の側と供給の側、それぞれの原因
- 注文がさかのぼるほど大きく揺れる「ブルウィップ効果」のしくみ
- なぜ自動車がいちばん困ったのか
- 不足がどう収まり、その後に何が変わったのか
前提知識: チップを設計する会社と、注文を受けて作る会社(ファウンドリ)の違いを知っていると読みやすくなります。「ファウンドリとは?」で説明しています。
身近なところでは: 届かない新車、並ばないゲーム機
2021年ごろ、「新車がなかなか届かない」「新しいゲーム機が店に並ばない」というニュースが続きました。理由として、いつも「半導体不足」が挙げられていました。
半導体のチップは、電気の流れを細かく切り替えて、計算や制御をする部品です。スマホやパソコンだけでなく、車、エアコン、給湯器にも入っています。そのチップが足りなくなり、いろいろな製品が作れなくなったのです。
この記事では、当時の毎日のニュースではなく、不足が起きた「しくみ」を見ていきます。しくみがわかると、次に似たことが起きたときにも、ニュースを読み解きやすくなります。
何が起きたのか: 数字で振り返る
いちばん大きな影響を受けたのは自動車です。調査会社AlixPartnersは2021年9月、この年に世界で約770万台の車が作れなくなると予測しました。売上の損失は2,100億ドルとしています。同じ年の5月の予測(390万台)から、ほぼ倍になりました。どちらも予測で、実績の集計ではない点に注意しましょう。
チップを注文してから届くまでの時間をリードタイムと呼びます。金融会社Susquehanna Financial Groupの調べでは、2021年4月の平均は17週でした。当時としては、同社が2017年に集計を始めてから最も長い値です。2022年5月には27.1週と、半年を超えました(Bloombergの報道による)。
車や家電を制御するチップでは、待ち時間がさらに長くなりました。機器を制御する小さなコンピュータを、1つのチップにまとめたものをマイコンと呼びます。同じ調べで、2022年2月のマイコンの待ち時間は35.7週でした。
需要の側: 2020年に何が変わったのか
2020年、コロナ禍で在宅勤務やオンライン授業が一気に広がりました。調査会社IDCによると、2020年の世界のパソコンの出荷は約3億台で、前年より13.1%増えました。2010年以来の大きな伸びです。ゲーム機やタブレットなど、家で使う機器もよく売れました。
一方、車の会社は逆の動きをしました。2020年の春、車が売れなくなると考えて工場を止め、チップの注文も減らしたのです(McKinsey、2022年)。ところが、車の売れ行きは予想より早く戻りました。
車の会社が注文を戻そうとしたとき、チップの工場の枠は、パソコンやスマホ向けの注文で埋まっていました。チップの会社は、車の会社が減らした分を、家電などの会社に回していたのです(Bloomberg、2021年1月)。一度手放した枠は、すぐには取り戻せませんでした。
アメリカの商務省は2021年、チップを作る会社や使う会社に調査をしました。その結果、2021年の需要は2019年より最大17%多くなっていました。需要が増えたのに、届く量はそれに見合うほど増えなかったのです。
供給の側: なぜすぐに増やせないのか
1. 作るのに数か月かかる
チップは、シリコンの円い板(ウエハ)の上に、何百もの作業をくり返して作ります。この段階を前工程と呼びます。米国半導体工業会(SIA)の2021年の解説では、前工程だけで平均約12週かかります。その後、チップを切り分けて組み立て、検査する後工程に、さらに6週ほどかかります。注文が急に増えても、出荷が増えるのは数か月後です。工程は「半導体チップはどうやって作られる?」で説明しています。
2. 新しい工場は年単位で、巨額
工場を新しく建てるには、さらに長い時間がかかります。例えば、TSMCは2021年11月に熊本に工場を建てる計画を発表しました。建設は2022年に始まり、量産は2024年末です。当初の投資は約70億ドルとされました。なぜこれほど高いのかは「ファウンドリとは?」で説明しています。
3. 「前の世代」の工場が増えていなかった
チップの作り方には世代があり、「◯nm」という名前で呼ばれます。車のマイコンや電源を管理するチップの多くは、最先端より何世代も前の作り方で作られます。こうした実績のある古い世代を、業界では「成熟した世代」や「レガシーノード」と呼びます。
McKinseyの2022年の分析では、車向けのチップの多くは90nm以上の世代で作られます。その90nmの生産能力は、2021〜2026年に年5%ほどしか伸びない見込みでした。これでは需要の伸びに追いつかない、という分析です。世代の名前の意味は「「2nm」「3nm」は何の長さ?」で読めます。
追い打ちをかけた出来事
需要が供給を上回り、どこにも余裕がない中で、工場を止める出来事が続きました。余裕がないと、1か所が止まっただけで影響が大きく広がります。
| 時期 | 出来事 | 影響 |
|---|---|---|
| 2021年2月 | 米テキサス州の寒波と停電 | 電力会社の指示で、オースティンのサムスン電子・NXP・インフィニオンの工場が停止 |
| 2021年3月19日 | ルネサス那珂工場(茨城県)の火災 | 止まったラインの約3分の2が車向け。生産が火災前に戻ったのは6月24日 |
| 2021年6月〜 | マレーシアのコロナによる外出制限 | 組み立て・検査の工場の生産が落ち、車の生産の予測がさらに悪化 |
マレーシアの件は、後工程の話です。後工程を引き受ける会社をOSATと呼び、東南アジアに多くあります。マレーシア投資開発庁(MIDA)によると、マレーシアは世界の後工程の能力の約13%を持っています。ウエハが作れても、組み立てと検査ができなければ、チップとして出荷できません。
ブルウィップ効果: 注文はさかのぼるほど大きく揺れる
不足を大きくしたもう1つの理由は、注文の伝わり方にあります。売れ行きの小さな変化が、部品や材料をさかのぼった先の会社(上流)に届くころには、大きな注文の変化になることがあります。これをブルウィップ効果と呼びます。ブルウィップは、牛を追うむちのことです。
簡単な例で見てみましょう。機器メーカーが部品メーカーに、部品メーカーが半導体メーカーに注文するとします。どちらの会社も「その週に受けた注文の2週間分」を在庫として持つ決まりです。最初は毎週100個売れて、どちらも在庫は200個です。ここでは話を簡単にするため、届くまでの時間は省きます。
ある週、機器の売れ行きが10%増えて110個になりました。機器メーカーは、売れた110個を補い、在庫の目安も220個に上げます。そのため、20個足した130個を注文します。部品メーカーから見ると、注文は30%増えました。
部品メーカーも、在庫の目安を130個の2週間分、260個に上げます。そのため、130個に60個を足した190個を注文します。お客の買う量は10%増えただけなのに、半導体メーカーには90%増の注文が届きました。
次の週、売れ行きは110個のままでした。機器メーカーの注文は110個に戻ります。部品メーカーは在庫を220個に下げてよいので、40個減らした70個しか注文しません。今度は、上流の注文が大きく減ってしまいます。
実際の不足では、待ち時間がのびたことで、各社がさらに先の分まで注文しました。McKinsey(2022年)によると、車の会社や部品の会社は品切れに備え、必要より10〜20%ほど多く注文するようになりました。
なぜ自動車がいちばん困ったのか
1つ目の理由は、在庫の持ち方です。車の工場の多くは、必要な部品を必要なときに必要なだけ届けてもらい、在庫を少なくしてきました。このやり方を「ジャストインタイム」と呼びます。むだが少ない反面、部品が届かないと、すぐに生産が止まります。
在庫の少なさを示す数字があります。車に限らない、アメリカの商務省の調査(2022年1月発表)の結果です。チップを使う会社の在庫は、真ん中の会社の値(中央値)で、2019年の40日分から2021年には5日分未満に減っていました。
2つ目の理由は、使うチップの種類の多さです。車には、エンジン、ブレーキ、窓などをそれぞれ制御する小さな装置がたくさんあります。この装置をECUと呼び、多くはマイコンを中心に作られています。たった1種類の安いチップが足りないだけで、車は完成しません。
3つ目の理由は、チップを簡単に替えられないことです。車の部品は、暑さ寒さや振動に長く耐えるかを試験で確かめてから使います。代表的な試験の基準がAEC-Q100です。作る工場や材料を変えると、試験をやり直すことが多く、別のチップにすぐには切り替えられません。
どう収まったのか
2022年の後半になると、パソコンやスマホなど消費者向けの機器の売れ行きが落ちました。チップの待ち時間も、2022年10月にははっきり縮み始めました(Bloomberg、2022年11月)。ブルウィップ効果が逆向きに働き、積み増した在庫が余るようになったのです。
余った在庫を使い切るまで、注文を減らす動きが広がりました。これを在庫調整と呼びます。その影響もあり、SIAによると2023年の世界の半導体の売上は5,268億ドルで、前年より8.2%減りました。好況と不況が交互に来るこの動きはシリコンサイクルと呼ばれます。
ただし、すべてのチップが同時に余ったわけではありません。McKinseyは2022年10月、車向けのチップでは需要と供給のずれが続くおそれがあると分析しました。成熟した世代の生産能力の伸びが小さいためです。
その後に変わったこと: 各国の政策
不足もきっかけの1つとなり、多くの国や地域が、自分の地域でチップを作る力を高める政策を進めました。主なものを年とともにまとめます。
| 地域 | 内容 |
|---|---|
| アメリカ | 2022年8月9日にCHIPS法(CHIPS and Science Act)が成立。527億ドルのうち390億ドルを、工場の建設などへの補助に充てる |
| EU | 2023年9月21日に欧州半導体法が施行。官民で430億ユーロを超える投資を見込み、2030年に世界の市場で20%のシェアをめざす |
| 日本 | 2022年3月に施行した改正法で、工場づくりへの助成の制度を整備。TSMCの熊本の子会社JASMの第1工場に最大4,760億円(2022年6月に認定) |
これらで建てた工場が動き始めたのは、その多くが、不足が落ち着いた後です。つまり政策は、あの不足を直したのではなく、次の不足に備えるためのものです。
会社の側でも、考え方が変わりました。McKinseyは2022年、車の会社に、自社の車が使うチップを一覧にして把握することを勧めています。車・部品・半導体の3つの会社で、需要の見通しを密に共有することも提案しています。ブルウィップ効果の揺れを小さくするためです。
よくある誤解
誤解: 足りなかったのは、最先端の高性能なチップだった
実際は、最先端のチップも品薄になりました。ただ、特に長く足りなかったのは、マイコンや電源用のチップなど、成熟した世代で作る安いチップです。ニュースでは最先端の工場の話題が多いため、不足もそこで起きたと思われがちです。高価な最先端のチップでなくても、1種類欠けるだけで車は完成しません。
誤解: 工場の火事など、1つの事故が不足の原因だった
実際は、不足は火災より前の2020年のうちに始まっていました。ルネサスの火災(2021年3月)の工場は、約3か月で火災前の生産量に戻っています。需要の急増、増やせない工場、在庫の少なさ、注文の積み増しが重なり、事故はそこに追い打ちをかけたのです。
誤解: 工場をたくさん建てれば、不足はすぐに解決する
実際は、新しい工場は計画の発表から量産まで数年かかります。熊本の工場も約3年でした。それに、建てすぎると、需要が落ちたときに大きく余ります。工場を増やすのは、目の前の不足ではなく、何年も先への備えです。
数字で見る
| 項目 | 数字 |
|---|---|
| 2020年の世界のパソコン出荷(IDC) | 約3億台(前年比13.1%増) |
| 2021年に作れなくなる車の台数の予測(AlixPartners、2021年9月) | 約770万台(売上の損失2,100億ドル) |
| チップの待ち時間の平均(Susquehanna) | 2021年4月 17週 → 2022年5月 27.1週 |
| マイコンの待ち時間(Susquehanna、2022年2月) | 35.7週 |
| チップを使う会社の在庫の中央値(米商務省) | 2019年 40日分 → 2021年 5日分未満 |
| 前工程にかかる平均の時間(SIA、2021年) | 約12週(後工程はさらに約6週) |
| 2023年の世界の半導体の売上(SIA・WSTS) | 5,268億ドル(前年比8.2%減) |
このうち、AlixPartnersの台数は2021年9月時点の予測です。待ち時間は1社の集計で、調べる会社によって値は変わります。
もっと詳しく学ぶ
- 作る会社と設計する会社の分業: 「ファウンドリとは?」と、表で比べた「IDM・ファブレス・ファウンドリの違い」。
- 前工程と後工程: 「半導体の前工程と後工程の違い」で、工程の内容と担う会社を整理しています。
- 車や家電の中のコンピュータ: 「CPUとは?」と「MCUとMPUの違い」で、マイコンの役割を説明しています。
- 好況と不況のくり返し: シリコンサイクルの用語ページで、周期が生まれる理由を読めます。
- 車のチップの信頼性: AEC-Q100や、不良をなくす考え方のゼロディフェクトを用語集で。